京都の怖い話洒落怖全話

従弟と旅行

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冬の終わりに、オヤジの弟の息子、
つまり従弟と旅行に行った。

母方は何かと言うと人寄せやら親族旅行をやるが、
父方のいとこで俺と親交が深いのはこいつくらい。

神社が好きらしくて、
一人でふらっと京都辺りに行っては写真を撮って来る。

そんな趣味でも、
変な現象にも遭わなければ心霊写真も撮った事がない。

俺の話も全然聞く耳持たない…そう言う人間だ。

その時の行き先は京都ではなく、
俺は都合で来れない本来の同行者の代理だった。

行ってみると宿の周辺は
俺の地元なんかよりずっと都会だったが、

初日の目的地は見渡す限りの田畑と山。

そこに寺社が散在していて、
日頃運動不足の俺は
レンタサイクルと石段のコンボで酷い目に遭った。

翌日の史跡巡りでは
庭園の茶店で煙草が吸えなくなったのをぼやくヤツをなだめ、
ようやっと辿り着いた観光地らしい場所は、
古い家並みと土産物屋が並ぶ町だった。

着いた時には午後の四時を回っていただろうか。

まだ日の短い時期にしては、
それなりに観光客が歩いていた。

季節柄、古い雛人形や屏風、絵なんかを店先に飾っている所もあり、
ちょっと七月の京都、祇園の辺りを思い出した。

こういう感じは好きだ。…石段もないし。

そんな事を思っていたら、
やっぱり神社があった。

「前に来た時は祭だった」

とその祭の蘊蓄をたれながら、
身軽に石段を上がる従弟。

俺はヒイヒイ言いながらどうにか昇って、
振り返る。

小高い丘の上からは、
風情のある町並みが一望できた。

下から見た感じでは小さな神社の様だったが、
上がってみると結構立派で、
社務所の右手に能舞台(神楽かもしれない)まであった。

お詣りを済ませ、
ヤツが撮影している間にお守りなど吟味して、
それから緩やかに丘を下る坂道に出る。

その途中にある建物で、
雛人形展をやっているのを見つけた。

「御自由にお入り下さい」の看板に従い中に入ると、
雛人形ばかりでなく、
色々な古めかしい人形を、
ケースにも入れずむき出しで展示していた。

子供サイズの人形にはぎょっとしたが、
意外に無気味な感じはしなかった。

個人から借り出された雛人形も状態がよく、
大切に扱われていた事が分かる。

会場の中央には畳を二枚敷いた段があり、
その奥の雛壇にも人形が並べられていた。

雛壇の前は空間があるが、
通り抜けられる程の幅はない。

俺は何の気なしに、
左側から雛壇の方へ近寄った。

すると、雛壇まで1メートル弱の所で異変が起こった。

頭が、くん!と後ろに引かれた。

自分の意思とは関係なく、
首が左に向く。

喉が詰まる感じがして息苦しい。

何だこれ?と逆らって前を向くと、
またくうう…っと左を向いてしまう。

試しに一歩下がってみると、
首も戻るし呼吸も楽になった。

俺は畳の敷かれた段をぐるりと半周して、
今度は右側から雛壇に向かってみた。

……何でもない。

前を向いたまま、息苦しくもならず、
びっしりと人形の並んだ壇に近付けた。

俺は引き返して、
もう一度時計まわりに段を回る。

同じ場所で同じ様に、首が回る。

息が詰まる。

これは何だ?

逆に回る。

何もない。

目の前には何の変哲もない雛人形が、
ただ無造作に並んでいるだけ。

怪しくないし、嫌な感じもしない。

でも、向こう側…雛壇の左寄りに、
一つだけこの場に不釣り合いな人形がある。

雅びな彩りの人形の中に、
やけに鮮やかな水色とレモン色が見えていた。

何故だかそれを確認したい気がして、
俺はもう一度左へ回る。

今度は手前で立ち止まり、
離れて観察した。

それは、水色のサテン地に
レモン色のフリルのドレスを着た人形だった。

大きさは15センチ位、
普通の女児玩具の様だ。

リカとかジェニー?とかみたいな
可愛らしいアニメ顔ではなくて、
睫毛の長い濃い顔を、
正面よりややこちらへ向けている。

俺は拍子抜けした。

何か物凄いモノがあるんじゃないかと思ったのだ。

どれだかの人形の写真を撮りたいと言う従弟を残して、
俺は建物を後にした。

建物を出ると坂は右に折れ、
先刻上がって来た石段の中程に出る様だ。

俺は木立の中の石畳を道なりに下る。

ああ、これも時計まわりなんだな…
とふとさっきの事が頭を過った。

その時になって初めて気がついた。

しゃり、しゃり、しゃり、しゃり……。

立ち止まった俺の斜め後ろで、
妙な音がしている。

動物が草を踏み分ける音でもなければ、
何かを削る音でもない。

アルミホイルを擦り合わせる音が一番近いか。

薄い金属片が触れ合う音に似ていた。

左手の茂みの中から。

しゃり、しゃり、しゃりり、しゃ、しゃ、しゃ、しゃ。

音が速く、近くなる。

それと同時に、
頭がくん!と引かれて喉が詰まる感じがした。

ささささささささ…。

音。

それに引かれて首が左へ向こうとする。

見てはいけない、
音の正体を知りたくない、
突然そんな感覚に襲われ、
なのに、頭の中では分かっているのに、
顔がそちらを向こうとする。

音がすぐ側まで来ている!

顔は真横を向く。

俺は目を瞑った。

「…何やってんだ?」

従弟の声だった。

喉が詰まる感じがなくなり、
首が自然に元に戻った。

目を開けると、
石段の踊り場に当たる部分にヤツがいた。

ヤツは銜えた煙草をペコペコ上下させながら、
デジカメをいじっていた。

「境内禁煙だろ。」

「だからまだ火はつけてませんよーだ。」

少しホッとしながら、
耳はまだ音の行方を探っていた。

少しずつ離れて行く様だ。

「あれ、何の音かなぁ。シャリシャリ言ってるの。」

俺に言われて従弟は暫く耳を澄ませていたが、

「下の道路で何かやってる音じゃないの?
電線の工事してたよ。」

そう言って、
さして興味もなさそうに
先に下りて行ってしまった。

俺もヤツの後をついて行くと、
鳥居の正面の商店がシャッターを下ろす処だった。

勿論シャッターの音はシャリシャリとは言っていない。

従弟は鳥居を潜るとすぐに煙草に火をつけ、
不意に俺に煙を吹き掛けた。

俺が怒ると、
狐にでも化かされたんじゃないかと思って、
などとぬかした。

そんな事一切信じていない癖に、
明らかにからかっている。

「一番奥にあった雛壇気にしてたみたいだけど、
あれ、人形供養をする場所だってさ。」

来た道を土産物店の並ぶ通りへ戻りながら、
従弟は半笑いでそう言った。

「あそこの人に写真いいかって聞いたら、
奥のが写るとちょっと困るって言うから。
訊いてみたら毎朝あの畳の上で宮司さんがこう、
タカマノハラニカムズマリマス…かな、
祝詞をあげるそうだよ。
ナオさんはそんなのが好きだねぇ。
行ったり来たりして見てたろ、まったく。」

言い終えて、それから少し考えて、
ヤツは何か思い出した顔をした。

「そういえば、変な人形があったね。」

俺はヒヤリとした。

「水色の服の…」

「ああ、完全に横向いちゃって、
近くで顔が見られないの。
正面向けとけばいいのに。」

また俺を怖がらせようとして、
と思ったがそんな事はなかった。

ヤツは俺の反応を窺うでもなく、
夕日で橙に染まる町並みにカメラを向けていた。

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