得意先が移転し、
お祝いをかねて訪れた。
そこは1階が店舗で2階が事務所。
とりあえず事務所で話を聞くからと、
店舗の奥の給湯室から伸びる階段で2階にあがる。
しかしこの階段、何か違和感がある。
なぜか下から2段目だけが、
幅が狭く段が高い。
事務所に上がり話も盛り上がり、
帰り際2段目の事はすっかり頭から消え、
危うく足を挫きそうになる。
すると、
「階段危ないから気をつけて」
と社長の声。
先に言えよ。
「大丈夫ですからー」
とお愛想をして店を出る。
この会社、業績は良くないが、
社長の人柄と社員のがんばりで
何とかやりくりしている程度。
しかし、この新しい移転先は、
昔から何をやってもうまく行かない場所。
以前は大手ディーラーだったが、
やはり上手く行かず、
格安で賃貸されている曰く有の場所であった。
数ヶ月が過ぎ、
定例でその店を訪れると社長が居ない。
奥さんに訳を聞くと、
事故で入院中との事。
とっさに浮かんだのが自殺?
しかし間違っても
そんな事を口に出すわけもいかず、
病院の場所を聞くと、
「ここじゃ何だから事務所へどうぞ」
と2階に。
奥さんもやはり自殺未遂を疑っている様子。
帰りに、やはり2段目で転びそうになる。
奥さんも
「ココ、分かっててもつまずくのよね。
なんでココだけ変な作りなんだろ」
と笑っていた。
病院で社長と対面。
怪我は酷く片目は失明寸前だが、
思いのほか元気で、
只の事故だったのかと思うほど明るく前向きだった。
事故の事を聞くと、単独事故で、
時速60~80kで高速橋脚コンクリに、
ほぼ正面から衝突したのだそうだ。
何故正面から?
誰でもそう思う。
俺も思った。
聞くか迷っていると社長の方から、
「自殺する気なんかない。
でも、事故の前後の記憶がない。
店の事をぼんやり考えながら、
運転していたんだと思う」
数ヶ月で退院も出来、
復帰が出来ると言うことなので、
「退院後また店に伺います」
と約束をして別れた。
社長が入院している数ヶ月で業績は悪くなり、
「あの店危ないぞ」
と噂を聞くまでになった。
それから暫らくして、
社長が亡くなったと奥さんから電話がある。
葬儀などは既に済ませており、
店をたたむ事にしたから、
色々相談をしたいから店に来て欲しいと呼ばれる。
事務所で話を聞く。
亡くなったのは、
奥さんの車で病院を抜け出し店に向かう途中、
今度は電信柱に激突したのだと言う。
なぜ急に店に向かったのかも分からないし、
どうしてまた事故にあったのかも分からない。
ホントに事故なのかも分からない。
「ひょっとして自殺だったのかも」
と一気にしゃべり泣き崩れた。
俺は正直自殺だと思った。
泣き崩れる奥さんを前にして何も言えず、
閉店に向けての処理の方法や手続き関係を説明し、
事務所の階段を降りると、
やはり下から2段目で転びそうになり、
胸に挿していたボールペンを落っことした。
ペンを拾おうと手を伸ばし、
なにげに1段目と2段目の間を見ると、
一瞬、ほんの一瞬だけど、片目の腫上がった、
事故後に病院で見た社長の顔があった。
そして腫上がった手が、
サッと引っ込むところも。
その後店は閉店し別の店になったが、
上手く行かず直ぐに閉店となり、以降空き家のまま。
曰くのある場所には、
それなりの訳が在るのだと実感した。
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