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アメリカの都市伝説

じわ怖
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アメリカに留学していたとき、学校で一時広まった都市伝説系の噂話です。

ちょうど一週間前の土曜日のことなんだ。
親父が勤めている会社のバーベキュー・パーティがあって、あまり行きたくなかったんだけど、
ほら、この町に住んでるいじょう、やっぱり、パワー・プラントの世話になってるわけだし、
まぁ仕方なくってカンジで両親と一緒に行くことにしたんだ。
会場になったのは学校のすぐ南にある公園で、正午をちょっと回ったころに僕たち家族がつくと、
公園中にバーベキュー・ソースの甘ったるい香りが充満していて、寝坊して朝ご飯を食べてなかった僕は、
気乗りしてなかったことなんて忘れて、一番近くのコンロに駆け寄って、
紙製の皿を受け取るとすぐに焼きあがったリブを手にとって食べ始めた。
親父は真っ白なテーブルの上に置かれたシックス・パックのバドワイザーを一缶引き抜いて、
それを飲みながら、職場の同僚となにやらセスナの免許云々って話をはじめていた。
母親はというと、家から持ってきた手作りのクッキーをパラソルつきにテーブルの上において、
他の主婦たちに混じりながら、肉を焼いたり飲み物をクーラーボックスから取り出したり、と世話を焼くほうに回っていた。

満足するまで食べ終えた僕は、ちょろちょろそこらへんを歩き回ったんだけど、
信じられないことに友達は誰一人いなくて、それどころか自分と同じ年頃のやつもいない。
親父はまだ仲間と夢中になって話をしているし、母親も忙しそうにしている、
なんだか急につまらなくなった僕は、
誰も見ていないのを確認してからこっそりとビールを一缶だけ抜き取って、
人だかりから少し離れたところで、芝生に腰を下ろしてそれを飲み始めることにした。
飲みなれないもんだから、ちびちびとゆっくり時間をかけて飲んでいく。
どれくらいの時間がたったのか、気づくとビールは全部飲み終えて、
いいカンジに酔いが回っていた。
人だかりから聞こえてくる喧騒もなんだかものすごく遠くからのように感じる。
そんな雰囲気の中、ぼーっと空を見上げながらかすかに吹く風を身体に感じていると、
いきなりトントンと僕のひざを誰かが叩いて「ねぇ、ねぇ」と声をかけてきた。

声のほうに顔を向けると、
小学校低学年くらいの男の子が僕のすぐ傍らに立っていた。
髪を短く刈り上げて、利発そうなそれでいてどこか無邪気な笑みを浮かべている。
「なんだい?」僕が尋ねると、
男の子はすっと手を伸ばして「あの子にねぇ……」と言って、そこでいったん言葉を切った。
日の光を受けて金色に光る産毛の生えた腕の先にはもうひとり、同じくらいの年齢の男の子が立っていた。
その子は大人たちと少し離れたところにいて、俯いたまま繰り返し芝生を蹴っている。
「あの子がどうしたの?」
「あの子にねぇ、君のお父さんは100メートル何秒で走れるのって、訊いてきて」
少し照れたようなカンジで、でもなんだか嬉しそうに、刈り上げの男の子は言った。
「え?」
「だから、100メートルを何秒で走れるのって?」
男の子は相変わらずの笑みを浮かべている。

僕はなんだかよくわかんなかったけど、男の子の笑顔からして、
きっとあの俯いている男の子のお父さんは有名な陸上選手かなにかなのかなんて思ったんだ。
でも良く考えたら、こんな田舎町にそんな選手はいるわけないんだよね。
ただそのときは酔っぱらってもいたし、刈り上げの男の子の笑顔があんまりにも爽やかだったから、
深く考えないまま「いいよ、わかった。訊いてきてあげるよ」って返事をしながら芝生から立ち上がって、
俯いている男の子ところまで歩いていったんだ。
少しふらつきながら近づいていくと、なんだかちょっと嫌な予感が頭をかすめた。
よくわからないけど嫌なカンジって言うのかなぁ、
不思議なことに人だかりに近づいているのに、
相変わらず喧騒は遠くから聞こえるみたいで、
それでもあまり気にしないで、男の子のすぐ近くまでやってきた。

僕がすぐ隣にいるのに男の子は黙って俯いたまま、さっきまでと同じように芝生を蹴り続けている。
僕は振り返って、刈り上げの男の子のほうを見ると、嬉しそうな笑顔でうんうんと頷いていた。
僕も笑顔を返してから向き直って
「ねぇ、君のお父さん、100メートル何秒で走れるの?」
出来るだけの優しい声で、俯く男の子に尋ねた。
瞬間、すべての音が消えたように感じた。遠くから聞こえるような喧騒も、
緩やかな風にそよぐ葉が擦れ合う音も、何もかも消えたように感じられた。
男の子はゆっくりと顔を上げながらこう答えたんだ。
「僕のお父さんは戦争で両足を失ったんだ」

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