199X年都内某所にて、ある女が赤ちゃんを産んだものの育てられず、
駅のコインロッカーに遺棄して死なせてしまうという痛ましい事件が発生した。
警察の懸命の捜査も虚しく、遺棄した人物は特定できず、その女は平穏な生活
へ戻っていった…。
それから数年後、その女はごく平凡なサラリーマンと結婚し、幸せな家庭を築いていた。
そして、結婚2年目のその身体には、新たなる生命が宿っていた。
その女にとっては、2度目の妊娠であった。
妊娠してみて、その女は初めて、以前捨てた子供のことに思いをはせた。
「これから産もうとする子と比べ、なんて可哀相なことをしたのだろう…」
女は自責の念に駆られ、人知れず涙した。
そしてその女は、「せめて花だけでも添えて供養したい」と思い、花を持参して赤ちゃん
を捨てたコインロッカーの所へ向かったのであった。
あの日以来、決して足を向けることのなかったその駅は、数年の歳月を経て、その
雰囲気は大きく変わっていた。
そのため、女は例のコインロッカーの場所がわからず、途方に暮れるのであった。
交番や駅員、あるいは町行く人々に聞けばよいのだが、「後ろめたい事をしている」
という気持ちのせいか、それもできず、いたずらに時間だけが過ぎていった。
身重の身体がきつくなってきた。その時、
「コインロッカーを捜してるの?」と、突然背後から声がした。
振り向くと、そこには8歳ぐらいの色白の男の子がたっていた。
女が「うん、そうなんだけど、場所がわからなくて…」と言うと、男の子は、
「僕、知ってるよ!こっちだよこっち」と言って、女の手を取り迷路のような構内を
走り始めた。
心身ともに疲れきっていた女は、その子供に引かれるまま、その後を着いていった。
そして、女はあのコインロッカーの前に辿り着いた。
そう、そこは確かにあの時のコインロッカーだった…。
女は、安堵感から「フー」と一息ついた後、男の子に「ありがとう」と礼を言った。
男の子は、ニコリともせず、ジーッっと女の顔を見ていた。
その時になって初めて女は、いくつかの不審点に気がついた。
この男の子は、どうして1人なのだろう?
なんで、こんな迷路のような駅の構内を熟知しているのだろう?
そして。どうしてこの子は、私がコインロッカーを捜していることがわかったのだろう?
女は、恐る恐るその子にきいてみた。
「僕、1人みたいだけど、ママとかは一緒じゃないの?」、
すると男の子は、ようやく女から視線を外して、うつむき、小さな声で
「ママは…ママは… ママは…」と呪文のように唱えた後、再び女の方を向き、
「ママはお前だぁ~」と叫んだ。
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