地名という物は不思議なもので、その名前の由来を知らずに、
単に語呂のみでのイメージで勝手に類推して、何かしら招いてしまうようである。
流石に”三瀬”という名前では、強引な気もするが、”血洗島”然り”人首”然り。
ある場所でふと立ち止まり、交差点にあるそういった地名を目にしたがために、必ず嫌な思いを連鎖してきた。
私が以前、所用で頻繁に通っていた街道は”涅槃”から”菩薩”という地名を繋げていた。
菩薩はともかく涅槃はなんとも嫌な感じである。
しかも、真偽が定かでないが、斬首場が在ったと言われる河の道路橋に連なる道である。
そうなると、退屈な車上にあって、勝手に私は妄想してしまう。
『この路は、その首切り場に至るまでの引き回しの際に、
罪人に覚悟を決めさせる為に名付けられたのではないのか。
菩薩、という名称が残る所をみると、そこに救いがあり、
煉獄に落ち行く者が迷わないように、予行練習をさせているのではないだろうか。
・・・そうする事によって介錯人も、罪人に祟られる心配が無くなるのだろう。』と。
『そうゆう勝手な思い込みは、関係ないモノを呼び寄せるぞ。』
と、以前忠告を受けたことがあるが、今回の事は、気付いてしまったり、考えてしまったが為に起きた
経験かもしれない。
その街道のとある交差点に差し掛かると、時折、「ガリッ」っと車の底を削ったような感触を味わう時がある。
ハンドルから掌に、硬くもあり、弾力もある何とも嫌な種類の振動が伝わるのである。
都内を走っていると滅多に無いが、その路は大型トラックが頻繁に往来する為か、時折とんでもない”わだち”がある。
とっさに私は、それをまたいだと思った。
オイルでも漏れていたら大変である。
車を路肩に停めて慌てて車の下、そして通った道筋を50m程辿り見るが、底を擦るような”わだち”や石、落下した積載物の類はない。
一通り確認した後、私は安心してそこを後にするのであるが、そんな事をすっかり忘れてしまった頃、また、同じような現象が起きるのである。
その日の夕暮れより少し前、私は単車で、件の街道を走っていた。
どうもチェーンが伸びて、ばたついている感じがする。
走行に特別支障があるとは思えないが、それでも少々気にしながら軽く流していた。
ギュゥゥウン・・・。
その交差点に差し掛かった時、急激にリアタイヤが重くなった気がする。
不意にエンジンブレーキが利いた感じだ。
『パンクかな?』始めはそう思った。が、タイヤのグリップが失われているような感触は無い。
空気抜け特有の「ぐにゅう」っとした感覚がハンドルに伝わってこないのだ。
私は交差点を少し越えて、路肩に単車を止めて、タイヤを確認した。
特に異状は見られない。
ほっと安心して、出発しようと後方を確認すると、不意にそれは訪れた。
急激に辺りの色彩が失われたのだ。
単車や自動車で事故を起こした人ならば経験があろうが、事故の瞬間、周りがスローモーションになったかのように錯覚する事がある。
何かのTV番組での話によると、緊急時に生命維持の為の行動に迅速に移れるように、余分な色彩や音等の情報処理を遮断・省略してしまう為らしい。
それ似た状態に陥ったのだ。
道路・・・交差点・・・。反対車線には車は無い。
歩道を行く歩行者は止まっているかのようだ。
モノクロームの世界は恐ろしく静かだ。と、交差点の真中に、何かある。
私は、それを凝視する。
人の後姿がみえる。
しかし・・・人ではない。なぜなら首から下が無い。
首と、長く垂れ下がった髪の毛が、宙に浮いているのだ。
提灯のように、風鈴のように、それはふらふらと揺れている、少し回っているようだ。
まわって・・・その首がこちらを向く。
その首の左半分は、髪の毛ごとごっそりと削り取られていた。
首が、射抜くように私を睨んでいる。
血で真っ赤に染まった顔で私を睨んでいる・・・。
血の色・・・その瞬間、私の色彩は戻った。それと同時に、 キュイィィ~ガギャギャッ、と凄まじいブレーキ音。
交差点直前で急ブレーキをかけた大型トラックが私の眼前を通り過ぎ、少し先で停止したのだ。
首は「パツン」とそのトラックに弾かれて消えた。
トラックの運転手は、慌てて飛び降り交差点の方に走りよってきて、蒼白な面持ちで、交差点を難度も確認している。
しかし、そこには何の痕跡も無い。
明らかに得心の行かない様子で運転手は、私の方に視線を投げかける。
何かを言いたげだったが、そのまま自分の車に戻り、行ってしまった。
私は、気を取り直すために一服して、その場を後にした。
『あれは一体なんだったのだろう。』そう思いながらしばらく行くと、先ほどの急ブレーキを掛けたあのトラックが前方に見える。
追い越すには車線幅が狭い。私は仕方なく左後方に付くと、トラックが何かを引きずっているのに気が付いた。
トラックは、ぼろ布のように、弾み転がる、首の千切れた人間を引きずっていた。
それは、車の振動に合わせながら、時折、削れて血塗られた白い足を覗かせて弾んでいる。
ばたばたと操り人形のように、力なく引きずられている。
本物の人体でないのは、霞んで時折薄く消える様からも判る。
私は、それ以上トラックに追従して走る事は出来ずに、その日は家に引き返すことにした。
数日間、単車にまたがる気力を無くしたが、それならばと、少し整備をしておこうと考えた。
私は、まずは気になっていたチェーンを伸ばす為に、リアタイヤを見ると、車軸にごみが絡み付いている。
よくよく見ると、それは、長い髪の毛だった。
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