私が小学4年生か5年生の頃ですから、もう40年以上前の出来事になります。
夏休みに祖父母の家に遊びに行きました。
古い大きな家でした。
ある日、昼寝から目覚めてみると、家中が静まりかえっていました。
歩き回っても誰もいません。
どうやら一人っきりのようです。
昼寝をしていた部屋に戻ると、天井にぶら下げられている大きな梯子が目に付きました。
これを下ろせば天井裏に上れるんじゃないか?
そう考えた私は、椅子に上って、梯子を引っかけている金具を外しました。
下ろしてみると、それは梯子と言うより、収納式の階段のようなものでした。
手の届くところまで階段を登って天井板を押すと、それは案外簡単に開きました。
初めて登る天井裏は薄暗くて、小さな窓から漏れる光に埃が渦巻いていました。
そこかしこに古そうな箱や、戸棚のようなものが置いてあります。
ちょっとの間それらの箱や棚を探っていましたが、すぐに飽きてしまい、天井裏を探検することにしました。
箱や戸棚のある区画を外れると、梁に渡してある板がなくなり、足下は直で天井板です。
所々にある隙間から下の光が漏れていましたが、窓がないのでほとんど真っ暗でした。
天井板は薄くてすぐに割れそうだったので、梁の上を伝って移動することにしました。
板の隙間から下を覗こうとしましたが、狭すぎてよく見えません。
一旦戸棚の所まで戻り箸を取ってくると、先端を板の隙間に突っ込みました。
押し込んだ箸の径が太くなるにつれ、隙間が拡がり下の光景が見えるようになります。
そうやって部屋を上から見ると、家具の配置や大きさが普段の目線とは違って見えて、人のいるスペースがやたら小さく見えました。
そういうのが面白くて、梁を伝っていろんな部屋を覗き見て回りました。
そうこうするうちに、自分の覗いている部屋の位置関係が分からなくなってきました。
部屋の数が多いのに加えて、上から見下ろしていると方向感覚が掴みにくいのです。
しかも周囲は真っ暗。
ちょっと怖くなってきたので、そろそろ戻ろうかと考え、ぼんやりと明るくなっている方向に向かって歩き始めました。
その時、横に小さな扉があるのに気が付きました。
天井裏に扉?
妙な感じがして、ついその扉を開けました。
するっと横開きしたその先は、他の場所と何ら変わりのない天井裏の光景でした。
やはり下から明かりが漏れている箇所があります。
何となくためらいながらも、箸でその隙間をこじ開けて下を覗きました。
隙間が狭くて一部しか見えませんでしたが、かなり広い部屋のようです。
ただ、見える範囲に家具はひとつも無く、やけに殺風景な部屋でした。
窓が小さいのか、全体に暗い感じです。
変だったのは、床の畳の上には、何かを書き散らした紙が散乱していたことです。
人の顔や文字などが書かれた紙。
それぐらいしか覚えていません。
とにかく何十枚もありました。
もう一つ奇妙だったのは、畳の上に白い文字が書かれていたことです。
あまり規則性はなく、書き散らかしているように見えました。
漢字だったと思うのですが、当時の私には意味が分かりませんでした。
もっとよく見ようと思い、体の位置を入れ替えてもう一度覗きました。
が、何も見えません。
角度の加減なのか、はずみで隙間が詰まってしまったのか、とにかく隙間を拡げてみようと、無造作に箸を突っ込みました。
一瞬、柔らかいものを突いた感触が手に伝わったかと思うと、ドタンッと大きな音がしました。
思わず顔を上げて立ち上がりました。
下の部屋からは、ドタン、バタンという振動が伝わってきました。
時折、シュッシュッと畳を擦るような音も聞こえてきます。
立ち尽くす私の足元の天井板が、下からドンドンと叩かれました。
天井を叩く音は次々と位置を変え、何かを探しているようにも思えました。
怖くなった私は、梁の上を走って元の階段のところまでたどり着き、慌てて下に下りると、天井板を閉めて階段を元通り天井に上げておきました。
しばらく耳を澄ましていましたが、さっきの物音はもう聞こえて来ませんでした。
やがて、祖父母と両親と妹が外出先から連れ立って戻ってきましたが、私は怒られるのを恐れて、留守中の出来事については黙っていました。
それから2度ほど祖父母の家には遊びに行きました。
内心ビクビクものだったのですが、祖父祖母の態度には特に変わった様子はありませんでした。
やはりビビリながらも、あの殺風景な部屋を見つけようと探し回ったのですが、不思議なことに、どうやっても見つけることは出来ませんでした。
数年前、祖父母が相次いで亡くなると、家は売りに出され、今では更地になっていると聞きます。
ちょっと補足しておきます。
若干の情報の追加と、簡単な考察ですので、ウザかったらスルーして下さい。
まず、あの殺風景な部屋には何が居たのか?
あの部屋に何ものかが居たことは間違いないと思うのですが、じゃあ、それは何ものであったのか?
絵や文字の書いた紙があったことや、
畳の文字などから考えると、それは人であった可能性が高いと私は考えます。
このことは40年前の私も直感的に確信していました。
次に、私が箸で突いたものは何だったのか?
下にいたものの、身体の一部を突いたと考えるのが自然かと思います。
私自身は、箸から伝わってきた感触から、そいつの目を突いたのだと思っていました。
それほど力を込めていないにもかかわらず、ズブリとめり込む、その感触は、手などの皮膚を突いたものとは明らかに異なっていました。
それに、手などを突かれたにしては、下の反応が、騒々しすぎたように思うのです。
以上のことから、当時の私は、天井板一枚を隔てた下に居る人物が、箸で目を突かれてのたうち回っている。
そんな光景を想像し、半ば確信していました。
しかし、しばらく経ってから良く考えてみると、一寸おかしいのではないか、と思い直し始めました。
祖父母の家は古い日本家屋で、天井はあまり高くなかったのですが、小学校高学年の私が椅子に乗って手を伸ばしても、天井までは大分距離がありました。
少なくとも2m50cmくらいはあったのではないでしょうか。
そして、あの部屋には、目の届く範囲に家具がなかったことは既に書きました。
すると、あの部屋にいたものは、どうやって天井を覗いていたのか?
私が体の向きを変えるために隙間から目を離したのは、ほんの数瞬のことです。
その短い時間に、どこからか台を持ってきて隙間の真下に据え、それに上って天井裏を覗いていたというのは、ちょっと考えにくいと思うのです。
もう一つ、天井裏で立ち尽くして下の騒々しい物音を聞いていた時、叫び声、呻き声、悲鳴、泣き声、罵詈雑言といったような、人の声に類する音を、私は一切聞いた記憶がないのです。
仮にその部屋にいたのが、口の利けない人物であったとしても、呻き声一つあげないというのは、不自然であるような気がします。
それに、あの日以降も、何事もなかったかのように変わらなかった祖父母の態度…
考えるほどに違和感は増すばかりです。
まぁ、全ては私の夢、あるいは妄想であるとすれば、何の矛盾もないのですが…
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