俺は大学には実家から徒歩で通っているんだが、あるひどい雨の日、油断した好きに傘を盗まれた。
困っていたら同じ学部生の女の子が声をかけてくれた。
名前がとある花と同じだったから、仮に百合子としとく。
百合子は常時折り畳み傘を持っているので、それを貸してくれるという。
百合子は学校の近くに下宿していて、途中までは帰り道が同じだったので一緒に帰ってたんだが、俺達の帰りを狙いすましたかのように豪雨が襲ってきたので、ちょっと寄り道した。
普段と違う帰り道、木しか生えてないような小さい公園の側を通りかかったら、茶色い毛玉が落ちてた。
なんだろうと近づくと、丸まった小さな仔犬。
生後半年にも満たないような超小型犬。
濡れて寒いのかブルブル震えてたうえに、ものすごい怯えてた。
俺が抱き上げようとすると狂ったように暴れて、思わず取り落としそうになったところで百合子がキャッチ。
百合子に抱かれると何故かおとなしくなった。
俺の家には6歳の母犬と1歳の子犬が2匹いたので、ワクチン摂取の有無がわからない犬を連れて帰るわけにはいかない。
仕方なく百合子の下宿先に連れ帰ることにした。
百合子自身、捨てられた犬を保護したりして実家で5匹ほど飼っているらしいんだが、仔犬は初めてだったらしい。
俺が風呂に入れてやり、体の汚れを落とすときれいな真っ白な犬が出てきた。
マルチーズっぽい犬だが、耳はパピヨンかチワワに似てたからミックスだと思う。
仔犬は百合子からエーデルと名前をもらった。
エーデルは不思議と最初から百合子にしか懐かなかった。
1週間ほど俺も百合子の家に毎日通って様子を見たりしていたのに、通う頻度が減り、月1くらいになると、俺を見ると唸って、部屋に一歩でも足を踏み入れようものなら、全力で噛みかかるようになった。
そんなエーデルに対し、百合子はお座りをさせ、自分もエーデルに向かい合うように座ると、「怖くない、怖くない、大丈夫、大丈夫」と諭すようにエーデルに話しかけながら背中をさすった。
暫く繰り返していると、エーデルの目が大きく見開かれ、大きな耳をピーンとたてた。
そのまま俺の方に歩いてくると、座っていた俺の膝をぺろぺろ舐め出した。
まるで百合子の言っている言葉を理解しているようだった。
外が暗くなってきたので百合子に帰ると伝えると、エーテルに「お見送りするけど、エーデルはどうする?一緒に来る?」と問いかけた。
するとエーデル、意味を理解しているかのようにリードの前にお座りして、おとなしくリードを着けられるのを待っていた。
よく犬の言葉を理解する人間ってのが紹介されるが、エーデルは人間の言葉を理解する犬なんじゃないかと思った。
百合子は見た目がめちゃくちゃ美人で、女性からも美人だと絶賛される程だった。
そんな百合子なので、時たま変な男性に付きまとわれることもあった。
一度家までストーカーされたことがあったらしく、それを撃退したのがエーデルだったらしい。
また、百合子が散歩中に言い寄ってくる男性も居た。
俺も何度か一緒に散歩していてその男性を見たんだが、百合子曰く毎日毎日散歩をしてたら話しかけてくるという。
けれど散歩中なのでエーデルも一緒、エーデルは男性を威嚇して絶対一定距離以上寄せ付けない。
男性はある時知恵をつけたようで、百合子がお散歩中にあげていたエーデルの好物のお菓子、ホネ吉を持ってきていた。
その時俺も居たんだが、ホネ吉を差し出す男性にエーデルは見向きもせずに、しゃがんでいた男性の首を仕留めに言った…
百合子がリードを握っているので歯は首に掠れもしなかったが、男性はかなりの恐怖を覚えたようで、それからは会わなくなったそうだ。
そして何度か散歩をしていて気づいたんだが、エーデルは百合子に対し、普通に挨拶や世間話をしてくるご近所の人には威嚇しない。
百合子を明らかに色目で見ている男性のみ、牙を向いて威嚇していた。
エーデルと百合子の生活が2年目に入った頃、百合子の親戚の方にご不幸事があったそうだ。
百合子が急遽実家に帰る必要が出たため、俺がエーデルの世話を頼まれた。
百合子は家を出る際、エーデルに「明日の夕方には帰るね」と告げて出て行った。
それを聞いたエーデルは耳を大きく立てたあと、すんなり自分の居場所に入って、翌日の夕方までおとなしくしていた。
だが夕方に近くなるとソワソワしだす。
やっぱり百合子の言葉を理解している?
単に飼い主がいなくてしびれ切らした?
そんな自問自答を繰り返していると、携帯に百合子から電話があった。
エーデルが側にきて電話に耳を立てている。
『ごめん!おじさん亡くなったことにおばさんショック受けちゃって…
倒れちゃったの。
今日帰れそうにないから、もう一日お願いできるかな?』
俺は構わなかったので了承し、電話をエーデルのほうに向けて百合子から直接エーデルに伝えてもらった。
『エーデル、ごめんね、明日の夜には帰るよ』
するとお座りしていて耳を傾けていたエーデルが、また耳を大きくピーンと立てると、さっきまでの落ち着きの無さが嘘のように、また自分の居場所にいっておとなしくなった。
こいつやっぱり、百合子の言葉理解してる。
そう確信せざるを得なかった。
急にもう一泊する必要があったため、俺は一旦家に帰って着替えを取ってくることにした。
その際エーデルに「俺一旦家帰るわ、1時間後には戻るから」そう声をかけると、尻尾だけ2回振って答えた。
「それともエーデル一緒にいく?」
そう聞いてもエーデルは尻尾を振らない。
「わかった、じゃあ行ってくるわ」
そう言うとまたエーデルは2回尻尾を振った
もうこの時には、エーデルは犬神か何かの生まれ変わりなんじゃないかと思ってた。
その日の夜、俺は家から持ってきたゲームで遊んでたので夜更かしをしてしまった。
普段百合子は6時頃エーデルと散歩に行くらしいんだが、雨が降っていたこともあり俺は寝続けた。
すると夢現の中、なんか可愛い声が必死に俺を呼んでいる。
「起きテ!起きテ!お腹すいタ!お昼だヨ!お腹すいタ!」
何だ何だ、百合子が帰ってきたのか?
と思って寝ぼけ眼で目をあけると、エーデルが俺の顔をじーっと覗きこんでいた。
一瞬で眠気がぶっ飛んだ。
「今の声お前か!?エーデル喋れんの!?」
アホみたいにエーデルに話しかけても、エーデルはもちろん無言。
そりゃ犬が喋らないのは当然なんだが、寝ぼけてた俺は暫くパニくってた。
時計を見たら確かに13時、エーデルのお昼のはいつも12時半らしいから、お腹すいたのは当然なんだろうけど…
その後、百合子に聞いてもエーデルが話したことなんて一度もないというし、それ以降俺もエーデルの声らしきものは聞けなかった。
つい一昨日、夢に出てきたエーデルが
「ホネ吉食べたいナー」
とあの可愛い声で言っていたので探しに行ったが、どこのペットショップにもなかったので、エーデルの犬神力で叱られないか不安なこの頃。
俺にとってほんのり怖い出来事。
製造中止になったのかな…ホネ吉…
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